北大輝「明日への戦い」

日本社会への提言

東京五輪は本当に開催できるのか?

 4月の水泳日本選手権は池江璃花子選手が活躍し、スポーツ関係者が「東京五輪代表決定」と盛り上がった。これで東京五輪開催が決定したかのような大騒ぎだ。
 NHKは池江選手を生放送の1時間特番に出演させた。白血病の治療は大量の抗がん剤投与や強い放射線の照射など、患者の肉体に非常に大きな負担をかける。NHKは池江選手がアスリートとして復活するために、どれだけ血のにじむようなトレーニングを重ねてきたかを伝えていたが、「これからの人生は長いのに、そんなに無理させて
いいのか」とも考えさせられた。
 本人は東京五輪に出たいのだから、ハードなトレーニングを望むだろうが、周囲の医師、コーチやスポーツ関係者は将来の人生や体のことを考えて、押しとどめなかったのだろうか。「本人の意志だ」と彼らは言うだろう。しかし、他の思惑はなかったのか。池江選手の病気が再発したら、どうするつもりなのだろうか。

 

 日本政府や組織委員会、IOCは何がなんでも五輪を強行する構えだが、「開幕」まで3ヶ月を切った今なお、具体的にどのような形式で東京五輪を行うか、最終的な詳細プランが示されていないことは、日本市民にとって、とても不幸なことだ。
 世界中がコロナ禍で苦しみ、欧州
でロックダウンが繰り返され、感染力が強く重症化リスクが高い変異種が猛威を振るう中、どこの国で代表選手の選考会がまともにできるのだろうか? 5月5日現在で、ワクチン接種率が高いイスラエル(120%)、英国、米国(いずれも75%)なら、予選会ができるかもしれない。ドイツ(39%)や夜間外出禁止が続くフランス(34%)では厳しいのではないか。結局は感染者の少ない中国、台湾、ニュージーランド、オーストラリアなどが中心となる「アジア大会に毛の生えたような五輪」になるのではないか? 肝心の日本の接種率はわずか3%。ガーナ、ルワンダ(ともに2.7%)、ラオス(2.5%)に匹敵する低さだ。相部屋が基本の日本の選手村で、果たして選手間の感染防止ができるのか?

 

 3月、NHKの討論番組の中で、元五輪マラソン代表の増田明美氏や体操日本代表の内村航平選手が「何とかオリンピックを開催してほしい」「できないじゃなく、どうやったらできるかを考えてほしい」と訴える声を紹介していた。4年に1度のオリンピックを目標に肉体的、精神的にハードなトレーニングを課してきた選手たちにとって、五輪が中止になるのは耐え難いことなのだろう。

 けれど、このまま東京五輪が何らかの形で開催されれば、日本における五輪やスポーツの地位は決定的に低下するはずだ。普通の日本人があれほど崇めていた五輪やスポーツ選手に愛想を尽かすことになるだろう。
 その
最大の理由は、日本政府の無策下、コロナで死亡したり、満足に治療も受けられなかったり、日々の生活に困ったりした人たちへの共感がない「健康強者」の視点であることだ。

 日本の社会や教育において、「健康」であることや「運動能力が高い」ことはある意味、絶対的な地位を持っていると言っていい。昔は「健康優良児」の表彰まであったほどだ。学力の頂点である「東大合格」とスポーツの「全国大会優勝」では、同じくらいのステータスを持っていると言っても過言ではないだろう。「富国強兵」を掲げた戦前教育の残滓であって、時代遅れにもほどがある。進学校でもなぜか「文武両道」と勉強だけでなく、運動能力の高さがないと一人前ではないような目標を掲げる。運動音痴は肩身が狭い。障害を抱える学生なら、真っ先に振り落とされる目標だ。

 日本のトップクラスのスポーツ選手の多くは、自分や仲間がエンジョイするための「スポーツ」というよりも、勝利、鍛錬、我慢、自己犠牲など「教育的」観点を過度に重視する「体育」のエリートたちだ。

 日本の「体育」や「部活」では、監督やコーチ、部長、教師などの評価が最重視される。監督やコーチの指導に刃向かえば、試合にも出れないし、対外的な評価も受けられない。対外試合に出るためには、試合でのプレーの良し悪しより、練習にいかに真面目に出たかが重要な評価となる。そして、指導者の指示に逆らわない限り、優秀な選手は優遇され、褒めそやされる。というよりも、上の者に逆らわないことが、優秀な選手の前提になっている。先日、空手の女子日本代表選手が、竹刀を振り回して自分の目に当てて失明させかねなかった監督を訴え、監督が解任されたが、これが立派なニュースになるほどなのだから。

 

 政府内で、選手へのコロナワクチン優先接種案が浮かび、遅々として進まぬ高齢者への接種より優遇されることから批判が広がり、関係閣僚が否定する事態を引き起こしたことがあった。ところが、IOCは5月6日、五輪出場選手団にファイザー社製ワクチンを供給すると発表した。五輪開催の7月末までに、全選手、役員がワクチン接種を受けられることになる。
 「五輪に出たい」と幼稚園児のように叫ぶ選手たちにあえて問いたい。日本市民に対するワクチン接種が進まず、大阪では入院希望者の10%しか入院できない医療崩壊が起き、自宅やホテルに放置されて亡くなるコロナ患者が続出しているのに、若くて健康な自分たちには万全のワクチン接種やPCR検査、治療体制が整備されることを、疑問に思わないのだろうか。

 また、筋ジストロフィーや脊髄性筋萎縮症など呼吸器系に疾患を抱えるパラリンピックの選手たちは、コロナ対策が不完全な大会には出場したくてもできないのだが、同じアスリートとして、共感はないのだろうか。

 

 同じNHKの番組で、バルセロナ五輪女子マラソン銀メダルの有森裕子氏が「アスリートファーストじゃない。社会ファーストであるべきだ」と言っていたが全く同感だ。池江選手や多くの有名スポーツ選手の存在が、国民無視の「利権五輪」開催強行のよい口実になっている。

 安倍、菅政権が五輪開催に固執してきた理由が、電通に代表される広告業界、建設業界、旅行業界、運輸業界などの利権要求に応えるためであることは、普通の市民なら当然分かっていることで、各種世論調査で五輪中止と延期を求める意見を合わせれば、多数を占めることからも明らかだろう。(NHKは世論調査の質問形式を変えてしまったが)
 

 また、五輪が、上辺だけカッコイイことを言う選手たちの経済的利益や個人的名声に直結していることもお見通しだ。
 
五輪招致によって、スポーツエリート選手たちの競技環境は確かに整ったが、私たちが気軽に野球やテニスなどを楽しめる市民スポーツの施設は欧米に比べ、非常に貧弱なままだ。
 ヨーロッパの映画を見ていると、普通の労働者が休日や仕事の後に、地元のクラブチームでサッカーやラグビーを楽しんでいるシーンが何気なく出てくる。一般人でも気楽にスポーツを楽しめる環境が整っているからだろう。日本には、そんなスポーツ施設はあまりない。日本に必要なのは、五輪よりコロナ対策。豪華な競技場より一般市民が気軽に使えるグラウンドや体育館だ。

 

 日本の政治の悲劇は、やるべきだと分かっていることができないことだ。日本が空襲で焼け野原になり、原爆を落とされ、ソ連が参戦するまで戦争をやめられなかったこととよく似ている。
 多分、コロナが今以上にさらに悪化した上で、五輪直前に「何か」重大なトラブルか悲劇が起きる。日本敗戦と同様に、政府や組織委員会が国民にぶざまな醜態を見せつけながら、どうしようもない形で五輪中止が決まるだろう。(2021年5月7日)無断使用、盗用、無断転載を禁じる。